04. La Prairie(ラ・プレーリ)へ

カナダ鉄道の歴史を探る旅04. La Prairie(ラ・プレーリ)へ

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カナダの鉄道はモントリオールから始まった。それを記念するモニュメントがあると聞いていたが、正確な所在地を事前に突き止めることができなかった。わかっているのは、モニュメントのある街の名前がLa Prairie(ラ・プレーリ)であるということ。観光ガイドブックにも見当たないものの、Google Mapは確かに街の名がある場所を指し示している。

目的の街は、モントリオールのダウンタウンから見るとセントローレンス川を渡った向こう岸だった。道路の標識が、街へ入ったことを告げる。クルマのまま街をぐるりと回ると、さほど大きくはない。こういった古い街の中心には教会があるから、その近くにクルマを停めて徒歩で探すことにした。

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駐車場を探すため、大通りから路地へつながる角を曲がり教会へ向かう狭い道路に入ろうとした時、それは突然目の前に現れた。石碑のような白いモニュメントが、街のかたすみにひっそりと立っていた。これがカナダ初の鉄道「Champlain and St. Lawrence Railroad」の記念碑だ。

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住所は「383 Rue Saint Ignace, La Prairie, QC J5R 1E5」。ここは古くからカナダファーストネーションズが住む場所として知られており、17世紀にはイエズス会による布教活動の拠点となった街だ。調べていくうちに、ファーストネーションズの人々とヨーロッパ人を結ぶ物語が出てくる。古い教会にも物語がありそうだ。

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教会の周辺にはいくつか街を説明したパネルがあるのだが、すべてフランス語で書かれているため、物語を読むことはできなかった。

モニュメントに話を戻そう。石碑の一番上には「1836-1936」と年号が刻まれている。触れてみると、ひんやりとしている。鉄道建設100年を記念して作られたのだろう。正面の黒いパネルに書いてある文字を読んでみた。

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First Railway in Canada connected Laprairie to Saint-Jean. Begun in 1835, it was completed in 1837. C.M.H.Q.

カナダの鉄道は、ここから始まった。ラ・プレーリの街からわずか16マイル(26キロ)先のセント・ジーン(正確にはSaint-Jean-sur-Richelieu)を結ぶ鉄道は、セントローレンス川から当時の交通の要所であった砦の街を結ぶルートだった。この鉄道はここでアメリカ合衆国の鉄道に接続し、当時ニューヨークまで最短で行くことができた。

イギリスで最初の蒸気機関車が走り始めたのは1804年。有名なリバプール・アンド・マンチェスター鉄道が世界初となる営業を開始したのが1830年だから、カナダの鉄道はこのイギリスの鉄道ブームの第一波に敏感に反応していたことになる。

レールは木製。その上を走る列車を引く蒸気機関車の名前は「The Dorchester」。製作はイギリス鉄道の父ジョージ・スチーブンソン(George Stephenson)の息子ロバートによるもの。大西洋を船で運ばれ、セントローレンス川からここに陸揚げされた蒸気機関車が、カナダ鉄道の時代の幕開けを飾ったというわけだ。

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1836年7月の開業初日には、地元の名士を始めとする300名の市民が集まり、Dorchesterは36名の代表を乗せた一等客車2両と、馬を乗せた客車を牽引したと記録に残っている。この写真は、カナダポストが1983年に発売したThematic Collection #22 - Canadian Locomotives 1836-1860に付属している解説パンフレットの1ページだが、当時の様子を良く伝えている。この絵を描いたのは、スコットランド人のAdam Sheriff Scott(1887 - 1980)。彼は1912年にカナダのアルバータへ移住後、一生をカナダで画家として過ごしたが、カナダの風景や肖像画、カナダ太平洋鉄道のポスターを数多く手がけた人物だ。

この鉄道の誕生には、建設法案の作成に強い指導力を発揮したJohn Molson(ビール醸造家)とPeter McGill(モントリオール銀行頭取/第2代モントリオール市長)が含まれていた。モールソンは1936年の始めに世を去ったため、ついに鉄道の完成をその目で見ることはできなかったという。

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