01. トロント・ユニオン駅の謎

カナダ鉄道の歴史を探る旅01. トロント・ユニオン駅の謎

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カナダで鉄道がどうやって始まったのか。その歴史を探るため、VIA鉄道でモントリオールへ向かう計画を立てた。出発はトロントのダウンタウンにあるユニオン駅。ビクトリア調の威厳を感じる駅舎が三世代目の建物だということは、あまり知られていないかもしれない。今回は、この駅がなぜ3つも作られたのか、その謎を探ることから始めてみよう。

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Toronto Union Station before construction of the trainshed extension. View looking northwest from the York Street level crossing. ©Frank Micklethwaite / Library and Archives Canada / PA-146822

1858年に完成した初代ユニオン駅はToronto Union Stationと呼ばれ、現在より1区画西側にGTR(グランドトランク鉄道)が建てた、小さな木造平屋の駅舎だった。街がトロントと改名された1834年から数えて24年後のことだった。

1873年にGTRは二世代目の駅舎を同じ場所に建設する。急増するトロントの人口に合わせるため、はるかに大きな建物だった。場所はヨークストリートの西、現在のUPX(ダウンタウンと国際空港を結ぶUP Express鉄道)の駅付近だ。この写真は湖側から北西方向を見て撮影したものだと説明されている。右端に馬車が見えているが、当時の市内交通はまだまだ馬車全盛時代だった。

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Union Station (1873-1927). Toronto, Ont. Toronto Archives

この写真を見ると、ユニオン駅が湖畔に面しているのがはっきりとわかる。最初の写真と比べてみると、建物と塔の構造が一致しているから、改築後の駅舎だ。人口が急増し産業が発展したトロントは人の動きも多く、さらにカナダの新しい港湾都市としてアメリカ合衆国に対峙する産業と物流の要となった。鉄道と船舶による物資の輸送は今でもカナダ物流の動脈だが、トロントのユニオン駅も同様に、港に接続するターミナル駅として発展したのだった。

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なぜトロントがこれまで発展したのだろう。それはイギリス植民地時代にさかのぼる。オンタリオ州がかつてローワーカナダと呼ばれた時代、副総督シムコはトロント島を見て、彼が好んだ杜の都ロンドン(オンタリオ州)と合わせ候補に進言した。ビクトリア女王時代に栄華を極め世界進出をものにしていたイギリス政府の決定は、トロントだった。理由は「アメリカ合衆国への戦略的拠点」としての地の利だった。その見立て通りに、トロントは地の利を生かして急激な発展を遂げてゆく。

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Toronto, Ont., showing comparatively new waterfront and railway facilities. New Union Station in foreground. Canada. Dept. of Interior / Library and Archives Canada / PA-043547

1927年に三世代目となる現在の駅舎が完成した時のトロントは、大都市に変貌していた。この画像は1936年頃のものだとされている。ユニオン駅とオンタリオ湖の間は大きく埋め立てられ、鉄道が張り巡らされているのは貨物の引き込み線だ。東部カナダにおいて、トロントは交通と物流のハブ(中継点)として大活躍をし、多くの工場が湖畔に作られ産業が沸き返っている様子が見て取れる。

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三世代目のユニオン駅完成から30年がたった1955年、街はあらたな変革の時代を迎える。鉄道からクルマへ交通の世代交代だ。象徴的な出来事が、駅の南側に建設されたGardiner Expresswayと呼ばれるハイウエイ。カナダを横断するTrans-Canada Highwayが法律として制定されたのが1948年。オープンは1962年だから、カナダ全体をハイウエイで結ぼうという機運の高まりのなかで、トロント市内にもハイウエイを作る計画が持ち上がったと考えることができるだろう。

コメント

  • 井出美智子

    7月にMontrealからTorontoへ列車で行きます。とっても楽しみ!駅舎の歴史を知った上では旅の楽しみも倍増。なんとタイムリーな話題でしょう!

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