森の魂を描いた女性画家エミリー・カー vol.4

Emily Carr森の魂を描いた女性画家エミリー・カー vol.4

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エミリー・カーが生まれ育ったバンクーバー島ビクトリア市には、彼女の足跡を物語る幾つかの場所がある。港に面した街の一角にあるのは、「OUR EMILY」と銘打たれた彼女のブロンズ像。犬を連れているが、肩に乗せているのはジャワ生まれの猿だ。

その猿は「ウー」と名付けられて孤独な画家の話し相手になり、彼女に描かれて(写真)今に残っている。こんなふうに一風変わった姿でエミリーは、周辺の森に出かけていたのだろう。

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そして、もう一つは市内に今も残る彼女の生家。1871年に生まれたエミリーが両親と4人の姉たち、弟と少女時代を過ごした生家である。その後、人手に渡ったその生家が取り壊わされてアパートになるという話が持ち上がった時。その会話をたまたまレストランで小耳にはさんだ州の議員が、即座に銀行に行って自分の家を抵当に入れて金を借り、その生家を買い取ったという。それが今も残っている家だそうだ。

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明るい黄色の外壁を持つおしゃれな家で2階は寝室、1階は、居間、ダイニング、書斎、朝ごはんを食べるキッチンがある。今、この家に住むロスさんによると、当時のままなのはパントリー(食料品置き場)だけで、他は1960年後半から70年代までに改装されてはいるが、ほぼエミリーが暮らした時代のものに再現していると言う。

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居間でロスさんの話を聞いた。エミリーが先住民のトーテムポールを描いたのは、当時のカナダ政府が先住民の文化を残さず、取りあげてしまう方向にあったのを心配したからだとロスさんは言う。今、先住民の文化は彼ら自身の賢明な努力で残されており、エミリーの心配は杞憂に終わったが、ロスさんはそうした時代の背景やカナダの負の歴史も含めて理解してもらいたいと思って、エミリーの生家を公開していると言う。居間には、エミリーの絵だけでなく、かつて先住民が子どもたちのころ描いた絵も並べられている。
先住民の文化に敬意を持っていたエミリー・カーの存在は、カナダの人々が試行錯誤の末に学んだ「多文化主義」を最初に表現したアーティストとして敬愛されており、その意味で、エミリーの絵をカナダの象徴(イコン)のように見る向きもある。

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ロスさんはまた、「(孤独とか変わり者とか言う人もいるが)幼い頃のエミリーは、幸せだったと思います」と言う。「この家も、幸福な空気が満ちあふれています。私の家族もそれを感じながら住んで来たし、娘たちもちゃんと育ってくれました」。「両親が早くに亡くなったので、大人になってからの付き合い方を学べなかったのかもしれません。エミリーを知っていた人は、繊細で傷つきやすいとも言っていますが、クリエイティブな人はみんなそうじゃないかしら」。

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さらに、こう言うことも話してくれた。「最後にこうなったのだから、残念な人生だったとは思いません。彼女にとって描き続けることが人生だったし、芸術を通して神に近づこうと求めて来たと思います。その生き方に影響を受けた多くの生徒もいます」(写真左が幼い頃のエミリー)。

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ビクトリア市では、毎年7月に「Paint-In」という大規模なアートイベントが行われている。地元芸術家160人が通りに沿って芸術を並べ、期間中、数万人の市民がそのアートを楽しむ。エミリーの絵を展示している美術館「Art Gallery of Greater Victoria」が後押しするアートイベントだが、そうした芸術に対する感情には、地元ビクトリアが生んだ女性画家エミリー・カーの存在が色濃く反映している。そのエミリー・カーが描いた象徴的な絵を最後に紹介してこの紀行文を終わりにしたい。

1930年代になるとエミリーは、森の木々が無残に切り倒されたはげ山を描くようになる。カナダの深い森にも開発で少しずつ人間の手が入り始めたのである。その中の一枚が写真(バンクーバー美術館蔵)。はげ山に僅かに残された木が天に向かって立っている。背景の空は輝くようにその木を包んでいる。ジョアンさんはこの絵について、「この残された木は、材木としては価値がなかったけれど、天には愛された木」と説明してくれた。エミリーはどういう思いでこの絵を描いたのだろうか。私にはその木が、生きていた時代にはあまり芸術家としての価値を見出されなかったエミリーの存在に重なって見えてならない。森の魂を描いた女性画家エミリー・カーが亡くなって70年。今、彼女の絵はカナダの人々の心をしっかりとつかんでいる。(終わり)

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