10. 温泉の王様

カナディアン・ロッキーを越えて10. 温泉の王様

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レイク・ルイーズを発ち、僕はようやく今回の旅の最終目的地、そしてカナディアンロッキーの観光拠点として知られるバンフに到着した。それにしてもこのトップ写真の人物ときたら、なんとまあ偉そうにしてるんだろうか。

この銅像は世界有数のリゾートホテル「バンフ・スプリングス・ホテル」のすぐ横にあって、右手で鋭く指差しながら、ホテルの建物をぐっと睨みつけている。

「1人たりともサボることは許さん!」と怒鳴っているかのようだ。

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大陸横断鉄道の建設に邁進していたカナダ太平洋鉄道(CPR)は当時、この鉄路によって大陸横断国家の成立を目論むカナダ政府と、いわば一蓮托生の関係にあった。

絶対に失敗が許されないこの国家的事業の推進に当たり、CPRの総支配人に招へいされたのが「鉄路の皇帝」の異名を持つアメリカ人、ウィリアム・ヴァンホーンだった。

彼の類まれなる統率力と剛腕によって、大陸横断鉄道という難事業が成し遂げられたと言っても過言ではない。

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ハドソン・ベイのカナダ代表にしてCPRの筆頭株主であるドナルド・スミスがラスト・スパイクを打ち込んでいる左後方で、無表情に突っ立っている黒髭の人物がヴァンホーンだ。

隣には主任測量技師で、時差を解決する世界標準時を提唱した、あのサンドフォード・フレミング卿の姿も見える。

この時のヴァンホーンはまだ40歳代前半だというのだから、その迫力はまさに「皇帝」の名にふさわしい。

さて、ラスト・スパイクが打ち込まれた「クレイゲラキー」とは、そもそもスコットランドのスペイ谷というところにある高い岩の名前で、かつてはグラント族の歩哨がこの岩の上から四方を警戒していたという。

そして、「スタンドファスト・クレイゲラキー=Stand fast, Craigellachie」というフレーズは、スコットランド人なら誰もが知っている、まあ合言葉というか、鬨(とき)の声なんだそうだ。岩から一歩も退くな、ぐらいの意味だろうか。

CPRが破たん寸前だった1884年、初代社長のジョージ・スティーブンは金策に訪れたロンドンから、従兄のドナルド・スミスらに“Stand fast, Craigellachie”とメッセージを送っている。スコットランド人の彼らにはこの意味が分かったものの、アメリカ人のヴァンホーンには理解できなかったというのだから、なかなか愉快な話だ。

この逸話から、歴史的なラスト・スパイクの地は「クレイゲラキー」と名付けられたけれど、そもそも「皇帝」ヴァンホーンは、スコットランドの鬨の声にも歴史的な地名にも、さほど関心がなかったようだ。ラスト・スパイクが終わると「皇帝」はさっさとその場を後にしたそうだ。

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レイク・ルイーズの駅舎の横にあったビジネス・カーには、至るところに秘書らを呼びつけるこんなベルが設置されていた。このラスト・スパイクから3年後にヴァンホーンはCPRの第2代社長に就任している。

きっとビジネス・カーに乗ってカナダを東奔西走しながら、各地で部下の尻を叩き、何かあるとベルを鳴らして秘書を怒鳴りあげていたのだろう。

そうそう、サンドフォード・フレミング卿はロッキー越えに当たって、現在の線路よりもっと北側のルートを推していたが、それを却下して最短距離の険しいルートを選択したのが「皇帝」ヴァンホーンだった。

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太平洋への最短ルートであるだけでなく、アメリカのカナダ侵攻を防ぐためにも、より国境に近い南側に鉄路を敷くべきだというのが、その時の「皇帝」の判断だった。

そして、「皇帝」のもう1つ判断が、カナディアンロッキーでのホテル建設だった。「この絶景を輸出できないのなら、観光客を輸入しなければならない」―。ヴァンホーンは当時、こう語ったのだという。

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この判断が世界的な観光地・カナディアンロッキーやバンフ、あるいはレイク・ルイーズを生み出したのだから、その先見の明は恐ろしいの一語に尽きる。

さて、ヴァンホーンがバンフの地を観光拠点にしようと考えたもう1つの理由が、「バンフ・スプリングス・ホテル」の名前の通り、ここに温泉があったからに他ならない。

1883年、CPRの作業員だった3人の男が一攫千金を夢見てこの周辺を歩き回ったところ、お目当ての金鉱ではなく、立ち上る湯気を発見したというのが、ことの発端だ。

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木の幹につかまりながら湯気が噴き出す穴を降りていくと、満々とお湯が沸いていたという。「ケイブ&ベイスン温泉」と呼ばれるようになる。

彼らは商業的な権利を主張したものの、法廷闘争を経て政府が解決に乗り出し、最終的には1885年、私的占有権の主張がすべて却下された。2年後の1887年、つまりCPRの蒸気機関車「374号」がバンクーバーに到着したのと同じ年、バンフを中心としたカナダ初の国立公園「ロッキー山脈公園」(現・バンフ国立公園)が誕生することになる。

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Byron Harmon, Basin pool at Cave and Basin, n.d., (v263-na-3551), Whyte Museum of the Canadian Rockies

ヴァンホーンとしては、かつて訪問したヨーロッパで、温泉が健康促進や病気の治癒などに効果があるとされていたのを知り、温泉は大いに可能性あり、と考えたようだ。

さて、バンフの温泉と言えば、サルファー山麗の「アッパー温泉」が知られているけれど、たぶん日本では「ケイブ&ベイスン温泉」の知名度はさほど高くないと思う。

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それもそのはずで、「ケイブ&ベイスン温泉」は既に人が入る温泉ではなくなっている。では、どうなってしまっているのか。

なんと、ここのお湯でしか生息できない絶滅危惧種の「カタツムリ」が歴史ある温泉を占有しているのだ。

一生懸命に撮影を試みたものの、なんだかよく分からないと思う。なにせトウモロコシの粒ほどの小さな「カタツムリ」が岩にへばりついている。

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温泉を管理しているパークス・カナダの職員の方に、このカタツムリの模型を手にしていただいた。これが恐れ多い節滅危惧種のカタツムリ、だ。

なんともまあ、複雑極まりない心境だ。

「皇帝」ヴァンホーンがヨーロッパからの観光客呼び込みに期待をかけた温泉が時を経て、身近に温水プールができたり、ほかの健康法が多く登場したためだろう、いつしか当初の魅力を失ってしまうとは。

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そして、人間に代わって今やその温泉を独り占めしているのが、小さな小さなカタツムリなのだ。

なにしろカタツムリに悪影響が出ないよう、「ケイブ&ベイスン温泉」ではわれわれがお湯に手を漬けることすら禁止されている。

カタツムリたちはまるで「温泉の王様」だ。さすがの「皇帝」も、「王様」の出現は予想だにしていなかっただろう。

コメント

  • よーちゃん

    2年前 ロッキー山脈に 行きました。
    来年は 鉄道の旅を計画しています。 参考になりました。
    ますます 楽しみになりました。

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