犬ぞりづかいの神様

犬ぞりづかいの神様

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極北カナダのフロンティアと呼ばれるユーコン。ユーコンの古都、ドーソン・シティで史上最大のゴールドラッシュが起こったのは1896年のこと(クロンダイク・ゴールドラッシュ)。19世紀末から20世紀始め、カナダの未開の地で起きたこのゴールド狂騒曲は、瞬く間に10万人の勇敢な人たちを呼び寄せ、数々の冒険譚を残し、わずか10年で終息した。その後ドーソン・シティは、しばらく北米のパリと言われるほどに栄え、金の恩恵を受けることになった。

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金を求めてやってきた人々は、ほとんどがアメリカ人だった。アラスカのスキャグウエイ港に降り立ち、壁のように立ちはだかるホワイトパスやチルクートパスを越え、ユーコン川を下り、やっとの思いで約700㎞先のドーソン・シティにたどり着いた。川下りを始めるためのキャンプ基地になったのが、現ユーコンの州都ホワイトホースだった。あるものは従者や家族を従え、家一個分ほどの大きな荷物を持って峠を越え、またあるものは、身一つで、一世一代の冒険に臨んだ。

1898年 金を求めて上陸した人々 チルクートトレイル

1898年 金を求めて上陸した人々 チルクートトレイル
出典:Yukon Archives, Anton Vogee fonds, #63

1897年 犬と共に金を探しに チルクートトレイル

1897年 犬と共に金を探しに チルクートトレイル
出典:Yukon Archives, Anton Vogee fonds, #110

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夏であれば船で川を下って行くことができた。だが、ユーコン川がカチカチに凍る極寒の冬に、船は使えない。そこで大活躍をしたのが犬だった。氷と雪で閉ざされた険しい山道を、荷物を持って進むには犬ぞりが一番の方法だったのだ。ゴールドラッシュ時代は、犬を盗みドーソンに向かう人たちに高額で売りつけるという商売も横行していたという。それだけ犬は高価で貴重な動物だったということである。

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今でも、ユーコンの人々は犬に最高の敬意を抱いている。その一つの表れが、ユーコン準州の州章だ。州章には犬が描かれている。ユーコンの歴史には、犬が大きく関わり、彼ら失くして発展はなかったということだろう。

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ユーコンのゴールドラッシュに自ら参加し、後に人気作家となったのがジャック・ロンドン(アメリカ人)だ。カリフォルニア州で生まれた彼は、億万長者を夢見てスキャグウエイからドーソン・シティに乗り込んだ。結局、金を見つけることができず夢は破れ去ったが、その貴重な経験をもとに名作「野生の呼び声」と「白い牙」を書いた。

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主人公は犬である。金を求めてドーソンを目指す人間たちに、犬ぞりの犬として使われる犬の話だ。ゴールドラッシュに振り回された人々の様子がたんたんと描かれている。犬目線で客観的に語られているので、尚更、素直に心に入ってくる。人間と犬との愛情がしみじみと胸に迫ってくる名作である。

ジャック・ロンドンの小説は、ヨーロッパのドイツ語圏の子供たちに人気があり、「トム・ソーヤの冒険」なみに広く読まれているそうだ。実はユーコンには、ドイツ系ヨーロッパ人の観光客がとても多い。プリンス・エドワード島と「赤毛のアン」ではないが、小説の影響というのは、名作であればあるほど時代を越えて引き継がれていくようだ。

同じゴールドラッシュ時期に、ある日本人がこの地域で大活躍をしていた。名前は和田重次郎。1900年代前半にユーコン、アラスカ、ノースウエスト・テリトリーを犬ぞりで走り回り「犬ぞりづかいの神様」として崇められた男だった。
和田重次郎は1875年、愛媛県松山市で生まれ、17歳の時に密航してアメリカに渡った。捕鯨船に雇われアラスカへ行ったのが縁で、冒険家、犬ぞりづかい(マッシャー)、北極地方開拓者となり、多くの偉業を達成し、彼の名はアラスカ、極北カナダの隅々にまで知れ渡ったそうだ。犬ぞりづかいとしての技術は、誰よりも卓越していた。その最高の技術を駆使して、多くの犬ぞりレースにも優勝。極北の地を冒険開拓し、油田や金鉱、新たな航路を切り開いた偉大な人だった。語学にも長けていたらしく、イヌイット(エスキモー)の言葉も自由に操り、一時期イヌイットの酋長にもなった。運動能力も非常に高く、ろくに練習もせずに参加したマラソン大会にぶっちぎりの優勝を飾ったという逸話もある。

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彼の数ある功績の一つに、アラスカのアイディタロッド鉱山とスワードをつなぐトレイルの開拓がある。アラスカ南部のスワードは、このトレイルがつながったことで発展を遂げた。また、アラスカのノームでジフテリアが流行した時、このトレイルがあったお陰で血清を運ぶことができ多くの命が救われた。彼の功績をたたえ、現在、アイディタロッドとスワードを結ぶ世界最長の犬ぞりレース(約1930km)「アイディタロッド国際犬ぞりレース」が行われている。

ユーコンでも和田重次郎ゆかりの犬ぞりレースが行われている。ホワイトホースとフェアバンクス間で競う、世界で最も権威があり、最も過酷と言われる犬ぞりレース(約1600km)「ユーコン・クエスト」だ。このレースも、重次郎が開拓したトレイルを使用しているのだ。

和田重次郎に関しては、本が2冊出版されている。
「犬ぞりづかいの神様」新田次郎著
「オーロラに駆けるサムライ」谷 有二著

最後にもう一人の犬ぞりづかいを紹介したいと思う。今、世界の犬ぞり界で注目を集める日本人マッシャー、本多有香さんだ。カナダに旅行した時に犬ぞりに魅せられ、一度日本に帰国したものの、あきらめきれず単身カナダに渡り、犬ぞりマッシャーになった女性。4度目の挑戦で、2012年に、初めて「ユーコン・クエスト」を完走するという快挙を成し遂げた。2014年には、その経験をもとにして「犬と、走る」という本を書き、ノンフィクション大賞にもノミネートされた。多くの日本人が、彼女のあきらめない姿勢、ぶれない犬ぞりへの情熱に感動し勇気づけられている。本多さんの挑戦はまだまだ続いている。今年は、アイディタロッドレースを完走したと聞いた。和田重次郎の功績もそうだが、同じ日本人としてなんと誇らしいことだろう。これからも応援し続けたいと思う。

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犬とともに築いてきたユーコンの歴史は、勇気ある人々の冒険物語であふれている。ユーコンを旅する機会があったら、ぜひ、犬達に出会ってきてほしい。犬ぞりの伝統文化を、犬と人間との深い絆を、ぜひ体験してほしい。

コメント

  • Masako S

    犬ぞりづかいの和田重次郎の話は初めて知った。新田次郎作の「アラスカ物語」という本にはフランク安田という日本人のエスキモーの話が書かれているのを読んだことがあった。今から遠い昔にもこのような極寒の地で活躍した日本人が何人もいたことを知らなかったことが少し衝撃だった。いつか彼らと同じような犬ぞりの旅を体験してみたい。

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