アトラス炭坑歴史地区~採炭が築いた一時代~

アトラス炭坑歴史地区~採炭が築いた一時代~

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Horseshoe Canyon

カルガリーの北東約110km。アルバータ南部に地層がむき出しになった広大な大地がある。その場所の名前はバッドランド(Badlands)。これまで重要な恐竜の化石が数多く発掘されていて、世界屈指の化石の宝庫として世界中の恐竜ファンを魅了している。ドラムヘラーという町を歩いていると、巨大な恐竜の展望台だけでなく、町の至る所で恐竜を目にする。道路の脇にもコーヒーショップのカウンターにも恐竜の模型が。11万点を超える古生物の化石が収蔵されているロイヤル・ティレル古生物博物館には、休日になると大人から子供までたくさんの人々が訪れる。

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Atlas Coal Mine National Historic Site

恐竜は何歳になっても私たちの好奇心を刺激するから不思議だ。恐竜だけでもお腹がいっぱいになるけれど、バッドランドの楽しいところはそれだけじゃない。ここには西部開拓を感じられる場所がいっぱいあるのだ。そのひとつがカナダで最後まで操業していた木造の石炭選別場、アトラス炭坑国定史跡。その魅力を探るためにも、まずはドラムヘラーの炭坑の歴史に触れてみよう。

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かつてドラムヘラーの一帯は、石炭の鉱脈があり、石炭が簡単に見つかる場所であった。先住民族のブラックフット族とクリー族は、この黒い石が燃えることを知っていたが、それを使おうとしなかった。その後、1792年のピーター・フィデラーをはじめとした3人の白人探検家によって、この地域に石炭があると報告された。その報告後、わずかな牧場経営者や入植者たちが暖房用に川岸などで炭坑を掘るようになったが、本格的な炭坑のはじまりは、サム・ドラムヘラーが「コールラッシュ(石炭ラッシュ)」を引き起こしてから。サムは地元の牧場主から土地を買い、町の開発に向けて、その土地をカナダ国有鉄道(CN)に売却。それと同時に炭坑を登録した。それからCNが線路を敷き、1911年に最初の石炭が出荷された。

鉄道の建設とともに多くの人々がやってきた。何千もの人々が石炭を掘るためにこの町にやってきたのだ。国内のみならず、英国、東ヨーロッパからも。1912年の終わりには、飯場(作業員の食事および宿泊施設)を備えた炭坑が9つも稼働するなど、ドラムヘラーは炭坑の町として栄え始めた。

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一般的に採炭は厳しくて、危険な仕事として知られている。もちろんドラムヘラーも例外ではないが、それでもここの炭坑の地質は、山中の鉱山よりも平坦で、比較的安全な鉱脈と言われている。さらに、ドラムヘラーから産出された石炭は、亜瀝青炭(あれきせいたん)と呼ばれる黒い石炭で、その炭質は「幼年期」のものらしい。これは世界中の炭坑で命取りの原因となっている、高濃度のガスをほとんど蓄積していないことを意味している。また、1911年に最初の炭坑がオープンする頃には、北米の鉱山作業組合が労働条件の争いで勝利を収めていたため、高い安全基準や労働条件が提供された。14歳以下の男子は地下で働くことも禁止されていたのだ。

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博物館に置いてある当時の地元野球チームのユニホーム

決して快適ではないとはいえ、衛星環境や生活も改善され、掘立小屋で家族を形成するようになった炭坑夫たちは、この場所で働きながら楽しみを見つけていた。ホッケー、野球、音楽などを楽しみながら、土曜日の夜になると町で大きなイベントが開催されていた。町には夜遅くまでヨーロッパの言語が飛び交っていた。

1911年から1979年までドラムヘラー・バレーには、139の炭坑が登録されていた。全てが長続きしたわけではないが、1912年から1966年の間にドラムヘラーは、5,686万トン以上もの石炭を産出し、カナダの主要石炭産地のひとつになった。炭坑によって一時代が築かれた。

そんなドラムヘラーの採炭業の終焉は、1948年にルデュックで石油が発見された時にはじまった。その後、カナダでは家の暖房に天然ガスが使用されるようになり、石炭の需要が急激に減少。炭坑の閉鎖が相次いだ。炭坑が閉鎖されると炭坑夫は町から去り、コミュニティは寂れていく。完全に消滅したコミュニティ、少数のゴーストタウンへと変貌したコミュニティ。そして1979年にアトラス炭坑が最後の石炭を出荷した時、ドラムヘラーの石炭の時代は終わりを告げた。

アトラス炭坑国定史跡は、ドラムヘラー炭坑の最後の姿が保存されている。洗濯場やランプハウスなど、かつての炭坑夫の足跡を辿ることができる。暗闇の炭坑内部のトンネルをランプひとつで進んでいると、真夏でもひんやりとした空気がとても心地よい。でもそれは私たち旅行者だけの感覚。かつての炭坑夫たちは、石炭の需要が多い、真冬にずっとここで採炭し続けていたのだ。そのことを考えると、いかに採炭という仕事が厳しいかがわかる。ガイドツアーでは、採炭に従事した男性ガイドが案内してくれるので、一緒に炭坑の歴史に触れてみよう。

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アトラス炭坑国定史跡は、石炭選別場の上まで登ると、目の前にドラムヘラーの大地が広がる。もう鉄道も町もない。人々もいない。今では想像もできないが、ドラムヘラーの炭坑の歴史を思い浮かべると、かつてこの場所が採炭によって多くの人を引き寄せた時代をほんの少し感じることができるのは何故だろう。恐竜のような大きな体でも、長い歴史を築いたわけでもないけれど、ここには必死に自分の時代を生き抜いた炭坑夫たちの開拓魂が、今でも息づいているのかもしれない。

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