13. 運命を待つ郵便局

僕とアンが見つけた14の物語13. 運命を待つ郵便局

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「二週間もおわるころには、アンもジョシーやルビーなどの気が気でない連中の仲間いりをして郵便局のまわりをうろつきだし、ふるえる手でシャーロットタウン日報をひらき、入学試験の当時に劣らないびくびくした、地の底へ沈み込むような気味を味わうようであった」-(モンゴメリ著/村岡花子訳/新潮文庫刊「赤毛のアン」より)

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ギルバート・ブライスと張り合うようにクラスのトップをめぐって猛勉強を続けたアンは、教師を目指してクイーン学院を受験することになる。

受験を終えたアンが、その結果を知る唯一の手段が、郵便局に届く「シャーロットタウン日報」だったというわけだ。

アンの将来にとっても、また「ANNE of GREEN GABLES」の作者、モンゴメリにとっても、郵便局という場所は、自らの運命にとって大きな意味を持っていたんだ。

祖父が亡くなり、1人になってしまった祖母の面倒をみるため、モンゴメリは教員の道を断念して祖母の仕事である郵便局を手伝うことになる。

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そんな生活の中で執筆した「ANNE of GREEN GABLES」。5つの出版社に原稿を送ったものの、いずれも結果は不採用。だけど、「5連敗」の不名誉を人に知られずに済んだのは、自分の家が郵便局だったからだ。

「シャーロットタウン日報」を待ちわびたアンの気持ちは、原稿の「合否」にハラハラし続けたモンゴメリの気持ちそのもの。

最大の違いは、モンゴメリはアンのように不安げに郵便局のまわりをウロウロする必要がなかった点だ。

なにしろモンゴメリは郵便局の中にいて、何食わぬ顔で「不合格」を知ることができたんだから。

数年後、帽子箱の中に放り込んでおいた原稿を見つけたモンゴメリが、再びボストンの出版社に原稿を送ったことで、ついに「ANNE of GREEN GABLES」は世に出ることになる。

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モンゴメリが郵便局で働いていなかったら、そして「5連敗」がみんなの知るところとなっていたら、再チャレンジにも躊躇したはず。

もしかすると、「ANNE of GREEN GABLES」が日の目を見ることはなかったのかもしれない。

シャーロットタウンのコンフェデレーションセンターには、「ANNE of GREEN GABLES」の直筆原稿が大切に保管されている。

特別に見せてもらったけれど、正直な感想を言うと、ものすごくクセのある字で、なんて書いてあるのか判読しづらかった。とにかく個性的な字だ。

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それと、この原稿は何の紙に書かれているのか、というのも気になった。郵便局で何かの目的に使っていた紙なのかもしれない。

そもそも今のように紙が豊富にある時代じゃないから、原稿用紙を手に入れるという面でも、郵便局が「ANNE of GREEN GABLES」の誕生に一役買った可能性はある。

PEI州立大学のモンゴメリ研究所では、「ANNE of GREEN GABLES」の初版本3種類を見せてもらった。

写真の黒っぽい表紙の初版本は相当、珍しいと聞いた。3種類の初版本がそろっているのは世界中でここだけらしい。

アンとモンゴメリの大ファンの人なら興味津々かもしれない。「なるほど~」なんて言っているだけの僕が見せてもらってていいんだろうか、とも思う。申し訳ない。

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気になったのは、初版本の表紙の女性の絵。とてもじゃないけれど11歳の少女には見えない。

聞いてみると、当時、雑誌に載ったアメリカ人女性の写真か絵を、ボストンの出版社が適当に使っただけなんだそうだ。

もうちょっとミステリアスな秘密でも隠されていると、原稿が書きやすいんだけれど。

ところが、この研究所には想像すらしていなかったものが保管されていた。それが、モンゴメリ家から研究所に寄贈されたという日本の着物なんだ。

モンゴメリはこの着物をたいそう大事にしていた、という息子さんの証言がある。ただし、どうしてモンゴメリが日本の着物を持っていたのか、今となっては誰にも分からない謎なんだそうだ。

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村岡花子さんが「ANNE of GREEN GABLES」を「赤毛のアン」として出版した時、既にモンゴメリはこの世を去っている。

だから、翻訳された「赤毛のアン」を読んだ日本のファンの贈り物ではないのは明らかだ。

じゃあ、「赤毛のアン」が出版されるずっと前に、原書の「ANNE of GREEN GABLES」を読んだ日本人が、決して安くはないだろう着物を贈り物に選び、はるかカナダのモンゴメリのもとへ贈ったとでもいうんだろうか。

仮にそんな日本人がいたとしたら、村岡花子さんもさぞや驚くに違いない。

「赤毛のアン」よりも前に、何かの形で日本とモンゴメリ、日本とPEIは既につながりを持っていた―。その証拠が、謎の着物というわけだ。

アンとともにPEIをめぐった僕の旅は、なんだかものすごくロマンチックなミステリーを抱えたまま終わることになりそうだ。