06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ

VIA鉄道でカナダ横断4500キロの旅06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ

お気に入りに追加
06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ-イメージ1

20時30分。夕食をとり終えたころ、列車はマニトバ州の州都ウィニペグに到着した。ここでバンクーバーからトロントまでの旅の半分を少し超えたところだ。3時間の停車時間を利用して市内へと向かう。ウィニペグは人口60万、カナダの西部開拓の起点になった都市だ。20世紀初頭、品種改良された小麦がヨーロッパから移民とともに移入され、ここから大平原や西部に広がっていった。駅舎も往時の雰囲気を漂わす堂々としたもので、カナダで最も風格のある駅といわれる。

3時間の停車時間の間に、「カナディアン号」のサービススタッフ18人は全員ウィニペグで交代する。駅近くの川沿いに作られたウォーターフロントを見学した後、私が近くのバーで一杯やっていると仕事を終えた顔見知りのスタッフがガールフレンドとやって来た。2時間ほど市内で時間を過ごしてから、23時30分、再び大陸横断の旅に戻る。

06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ-イメージ4

翌朝目が覚めると、さしもの大平原の風景も終わりを告げ、列車は森林の中を走っていた。寝ている間に5つ目の州のオンタリオ州に入ったのだ。時間がまた1時間進む。低気圧に追いついてしまったのか、外は雨だった。オンタリオ州は面積が日本の約3倍もある広大な州で、大小さまざまな湖が点在する。大昔、氷河が残していったものだ。列車の右に左に置き忘れられたような沼や湖が現れる。「カナダでは、一人が一つずつ湖を持つ」といわれるほど湖や沼が多く、それを縫うように川が走っている。かつて、毛皮商人たちはそこをカヌーで行き来したという。

06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ-イメージ5

森や沼地を見ていると、大陸横断鉄道の建設はカナディアン・ロッキーとはまた違った困難があっただろうと思う。原生林を切り拓き、湖沼地帯を埋め立てて...。しかも、その距離は尋常ではない。

日没近くになっても、車窓から見える風景はさほど変わらなかった。線路付近にまで迫って視界をさえぎる林と森、その中で時折、沼地や湖が現れる。これが朝から15時間も続いている。

それでもやはり、「あれ、針葉樹ばかりと思っていたが、広葉樹が増え始めたぞ」とか、「木々が低くなって丘が見え始めた。ようやく森が終わるのか」とか、ちょっとした変化を見つけては、一人、納得しようとしている自分がいる。

しかし、オンタリオ州の風景はそんな一筋縄に行くようなものではない。変化を期待する私の気持ちなど簡単に裏切られる。やっと変わってきたなどと思っていると、再び目の前に森と林が迫ってきた。また同じような風景が延々と続く。オンタリオ州はちまちまと景色の変化を見つけたがる日本人の感覚など吹き飛ばすくらいに広大なのだ。そんなことをいやでも思い知らされる。

最終日の朝5時。外を見て驚いた。わずかに色を変えた夜空を背景に昨日と変わらない林と森の連なりがまだ黒々と続いているではないか。これで丸々24時間、同じ風景の中を走ったことになる。距離にすると1300キロ(日本なら東京から熊本くらいまで)。唯一違いを見つけるなら、樹種が大分変化して今度こそはっきりと広葉樹が増えてきたことくらいか...。

06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ-イメージ12

9時10分。「あと20分でトロント!」というアナウンス。低気圧を追い抜いたのだろうか、すっかり晴天になった。しかし、窓から見る風景はまだ緑に覆われている。列車はトロントの直前まで緑の中を走り続け、やがて、その緑の間から高層ビルが見えてきた。

06. 西部開拓の玄関口・ウィニペグからオンタリオ州へ-イメージ13

9時35分。「カナディアン号」はトロントの駅のホームに静かに滑り込んだ。乗客たちが旅の間に親しくなった人々に別れを告げながらホームを歩いていく。私たちも、86歳で一人旅のシンディに手を振って、夏の日がまぶしいトロントの街に出て行った。

コメントを残す