05. 大平原を走る

VIA鉄道でカナダ横断4500キロの旅05. 大平原を走る

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ジャスパーを出発して3時間、列車はついにカナディアン・ロッキーを離れて林の平原に入った。日没は22時。どこまでも続く林の向こうに夕日が沈んでいった。明日は初めて見るカナダ中部の大平原が待っているはずだ。

翌朝。目が覚めて外をみたら、列車は明けの明星を伴いながら、すでに大平原を走っていた。時刻表からいえば、列車はすでにアルバータ州を抜けて、サスカチュワン州に入ったことになる。今日も快晴。差してくる朝日の中で、その平原が見渡す限りの牧場だと分かる。牛がちらほらと点在している。視界が及ぶ限りの草原。いよいよ、「プレーリー」と呼ばれる、私たち日本人の想像を超えるほどの広大な平原の旅が始まった。

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8時30分、州都サスカトゥーンの町外れにある駅に停車。30分の停車時間を利用して、乗客たちは思い思いに体をほぐしている。長い列車の端から端まで皆それぞれのペースで歩いている。結構涼しい。30分後、「オール・アボード!(全員乗ってください!)」という乗務員の声で、列車が動き出す。そして、時計の針もセントラルタイムに合わせて1時間進む。

サスカトゥーン駅を出発するとまもなく、ゴルフ場が見えた。すかさず、列車のアナウンスが、「サスカトゥーンの名所はゴルフコース。そして、第2の名所は…やはりゴルフコース!」と案内したものだからラウンジにいた乗客から一斉に笑い声がおきた。「ここは、ゴルフコース以外に何もない町だ」というジョークなのだ。

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しかし、それは事実ではなかったようだ。やがてゴルフ場などとは比べものにならない、目を見張るような風景が現れた。はるかかなたの地平線にまで続く鮮やかな黄色の菜の花畑だった。これは菜種油の一種のキャノーラ油をとるために栽培されているものだが、その黄色い花の絨毯がときに牧草地の次に、ときに小麦畑の次に、そして沼や湿地帯の後にと、景色を変えて現れる。そのカラフルな変化が目を楽しませてくれる。その一方で不思議なことに、人が作った農地なのに見渡す限り人の姿もトラクターも見えない。おそらく、畑で作業している人を見つけるには、カナダの農地はあまりに広大なのだろう。

大平原を走って感じるのはカナダの農業の豊かさだ。特にここ大平原を主産地とする小麦などの穀物は自給率140%で、農業国カナダの重要な輸出品目になっている。パンの原料として日本に輸出されている最高級品の小麦はカナダの代表的な品種というし、日本で食べるパスタの原料もほとんどがカナダ産だという。地平線まで続く小麦畑を見ているとその豊かさが実感として伝わってくる。

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時折、収穫した小麦を貯蔵するための「グレイン(穀物)・エレベーター」が現れる。倉庫につながった引込み線には小麦マークの入った円筒形の貨車が何台も並んでいる。それらが連結されて、あの長大な小麦列車になるのだ。

1885年、サスカチュワン州では、この大平原の土地の所有を巡って誕生間もないカナダ政府を揺るがすような反乱がおきた。先住民や先住民とフランス系移民との混血の子孫によるイギリス系新政府に対する反乱だった。政府は完成間近の大陸横断鉄道を使って大量の兵員を送り込みこれを鎮圧、首謀者リエルは捕らえられ、大陸横断鉄道が完成した9日後に州都レジャイナで処刑された。

どこまでも農地が続く現在の平和そのものの風景を見ていると、過去にそんな血なまぐさい対立抗争があったことなど忘れてしまうが、こうした苦い経験が現在のカナダの国是である「多文化主義」にも生かされているのだろう。

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サスカチューン州を12時間かけて横断した列車は、16時50分、隣のマニトバ州に入った。「カナディアン号」は山間地やカーブでは時速80キロから90キロだが、大平原に入ってからは130キロで快調に走る。ずっと快晴だった空に白い雲がぽつぽつと浮かび始めた。遠くの地平線と空を背景にして、手前の木々、菜の花畑や牧草地、晴れた空に浮かぶ様々な形の雲が後方に流れていく。レールから伝わる振動もリズミカルで軽やかだ。

不思議なことに、一見いつまでたっても変わらない大平原の風景が見ていてとても気持ちがいい。それはなぜなのだろうか?思うに、こういうことではないか。手前の木々とはるか向こうの地平線は動くスピードが全く違う。手前の木々は視界から早く過ぎ去るが、遠くの地平線はほとんど動かない。その間にある様々なもの、例えば、菜の花畑や牧草地、木々や沼、遠くの地平線、空に浮かぶ雲たちが、それぞれの速さで後方に流れていく。雲たちも遠くのと近くのとでは距離によって微妙に違ってくる。

速さの違うそれぞれの動きを見ているだけで、その風景全体が不思議なリズム感をかもし出す。それが、列車の振動とあいまって「風景と精神の共振作用」とでもいうようなものを見ている者に引き起こし、開放感に満ちた心地良さをもたらすのではないか。地平線が何時間も続くようなシンプルな風景が不思議に見飽きない。

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そう考えて、はたと思い当たった。これがカナダ大平原を走る列車の旅の醍醐味ではないかと...。もちろん乗客たちは、私のようにひたすら風景を眺めているわけではない。展望車やラウンジに座ってゆったりと思い思いに時間を過ごしている。ラウンジではお年寄りの女性2人が、長いこと飽きずにポーカーをやっている。ある人は、ビールを飲みながらおしゃべりしたり、子供と複雑なジグソーパズルに挑戦したり。見晴らしのいい展望車で小説を読んでいる人もいる。運行会社もボール紙でできた「カナディアン号」の模型キットを用意したり、ワインのテイスティングイベントを催したりと、乗客を飽きさせないようにいろいろな工夫をしている。

しかし、乗客たちはそうした時間を過ごしながらも、時折目をやる大平原の風景の不思議な開放感に無意識のうちに癒されているのではないか。景色に見とれながら、そんなことを考えていた。

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