ノバスコシア州最終回 エヴァンジェリン・トレイル

カナダ - 150年 街道をゆく

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ノバスコシア州最終回 エヴァンジェリン・トレイル

 

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ライトハウス・ルートから一転、北西へと進路を変えて、今度は長いノバスコシア半島の裏側、つまり北部にある「エヴァンジェリン・トレイル」を走ります。「エヴァンジェリン」というのは、アカディアの女性の名前です。

ここでアカディア人について説明しますが、アカディアは日本人には非常にわかりづらいルーツをもっています。おそらく欧米の人にもわかりにくいと思います。

カナダ東部は大きくわけて、英語系とフランス語系にわかれるのはもうご存知だと思います。フランス系で有名なのはケベック州ですね。1700年代からイギリスと壮絶な戦争を行い、結局は敗れたけども、帰還せずに今のケベックをつくりました。

それでアカディアというのは、ケベックと同じフランス移民なんですが、もっと古くからノバスコシアに住み、フランス軍・イギリス軍のどちらにもつかずに中立を守った人々のことを指します。

1604年、フランス系の入植者はイギリス系に先駆けて、現在のアメリカ合衆国メイン州に上陸します。彼らは、のちにその中心をノバスコシア州のポール・ロイヤル(現在のアナポリス・ロイヤル)へと移し、カナダ沿海州を中心に今のニュー・イングランド、ケベック州の一部という広い範囲に「フランス領アカディア」をつくります。これがアカディア人のルーツです。

アカディアの語源は、古すぎて定かではないのですが、ギリシャ語の「アルカディア(理想郷)」、または先住民ミクマック族の「アカティ(場所の意)」からきていると思われます。ですからアカディア人とはつまり、フランス系の中でもかなり初期の時代からカナダ、アメリカの東部地方に来た人々のことなんですね。

それでカナダ東部は1700年代にイギリスとフランスで激しい戦争になるのですが、最終的にはイギリスが勝ちます。負けた大量のフランス系住民は、それでもイギリス領となったケベックにとどまります。これが今のケベック州の成り立ちです。

それで勝利したイギリスは、英仏戦争中も中立を守ったアカディア人たちに対して「イギリス国王への忠誠」を誓うよう迫るのですが、フランス系だったアカディア人たちはそれを拒否します。

するとイギリスは、今のノバスコシア州沿岸に住んでいたアカディア人たちを、武力によって強制追放します。これは「アカディア人の追放」として、この辺りではよく知られる悲劇です。追放されたアカディア人たちはフランス、イギリス、アメリカ東海岸などに離散し、その一部はアメリカ・ルイジアナに移住して「ケイジャン」の始祖になりました。

1763年に戦争が終わると、アカディア人たちは帰還を始めるのですが、自分たちが開拓したノバスコシア沿岸への帰還だけは許されませんでした。そこで彼らはプリンス・エドワード島の一部や、ニューブラウンズウィック州などに再定住します。このアカディア人追放の悲劇を、叙事詩「エヴァンジェリン」に書いたのが、アメリカ・メイン州出身の作家ロングフェローです。

「エヴァンジェリン」のあらすじです。

アカディア人の村に住む17歳の美しいエヴァンジェリンという娘は、鍛冶屋の息子ガブリエルと婚約するのですが、その婚約のパーティの最中に、イギリス軍がアカディア追放のために急襲してきたので、彼女は婚約者と離れ離れになってしまいます。その後、彼女はガブリエルを探す果てしない旅に出ます。アメリカのルイジアナまで行きますが、ガブリエルとは行き違いになったりして、なかなか再会できません。ついに白髪交じりの老女となったエヴァンジェリンは、ようやくガブリエルと再会を果たすのですが、そのとき、彼はもう死の床についていました。二人は町の中心にある同じ墓に埋葬され、こうしてようやく、墓の中で結ばれることになったのでした……。

これは架空の物語ですが、その後長らく、この悲劇の物語はアカディア人たちの神話となって生き続けます。「エヴァンジェリン」は岩波文庫から翻訳も出ていますが、「エヴァンジェリン・トレイル」とは、この物語の舞台となった地、彼らの故郷のことなのです。

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↑廃線となった線路わきの道を通って、エヴァンジェリン・トレイルに着きました。 

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この辺りは、今は美しい公園となっています。 

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↑これがエヴァンジェリンの像。後ろにあるのは、当時のカトリック教会を再現した建物。

 

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1755年に初めて建造され、その後、1922年に再建されたことが記されています。

 

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 教会の中はアカディア人たち迫害の歴史の展示となっています。スタッフによると、今も年寄りのアカディアの中には、イギリス系のことをよく思っていない人も多いとのこと。歴史はまだ生きているんですね。

 

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これがアカディア人たちのフランスからの入植と、追放されたときのルートです。これを見れば彼らがどう放浪したのかがよくわかります。 上のオレンジ色の地図が拡大したもので、下の地図には本国フランスからのルートも記されています。こうしてみると、南米まで行った人もいるようですね。

 

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↑当時の絵で、上がイギリスが追放の宣言をして村人たちが嘆き悲しんでいる様子。

下の絵は強制追放のため、イギリス軍によって家屋が燃やされ、破壊されているところです。

 

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↑これがアカディアの旗。フランス国旗に、アカディアの守護聖人「被昇天の聖母(死んで天に召されるマリア)」 の象徴である星印が付いています。これは「海の星」も意味しています。沿岸部に住んだアカディアらしい旗ですね。

 

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これが、これから紹介する「エヴァンジェリン・トレイル」の昔の地図です。 ①が入り組んだ入江、②はフォート・アンで、侵入者を防ぐ要塞があった所です。③はポート・ロイヤルで、彼らが築いた一種の城塞。これからここを走ります。

 

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まずはフォート・アン(アン砦)から。史跡になっていて、当時の建物が再現されています。ここは兵舎ですね。現在はアカディアの博物館になっています。

 

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これが海辺にある要塞で、後ろから撮影したもの。石造りの強固なものです。遺跡として残っていた場所に、同じように再現して建てられました。

 

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これが当時、史跡として残っていた元の建物です。ここまでくると、立派な考古学ですね。海を見下ろす丘に、屋根だけ出して、半分埋めるようにして築かれているのがわかります。

 

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これがフォート・アンの砲台からの眺め。入江の先(沖)が見えます。この入り江自体が、入口が狭い「天然の要塞」になっていることがよくわかります。そのためにイギリスが、アカディアのこの地への帰還を許さなかったのです。周囲は五角形の堀が造られ、敵の侵入を防ぐ役割をしていました。 

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今はこのように、眺めの良い丘となっています。観光客も多いですが、この歴史をある程度知っていれば、なかなか興味深い場所だということがわかります。写真が下手なので旗が見えませんが(海からの風でなかなか横にならなかったのです)、アカディアの旗が掲げられています。

 

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フォート・アンの博物館に飾られている、アカディアたちの受難の歴史を表現したタペストリー。日系人のアーティストが作成したものです。左の絵はイギリス軍によって燃やされているフォート・アン。右の絵は現在、史跡公園となっているフォート・アンと、ポート・ロイヤルが描かれています。アンとロイヤルは15kmくらい離れています。

このタペストリーは実際は4枚あるのですが、他の2枚はまた訪れたときに見てみてくださいね。 これはただのタペストリーではなく、先住民や、アカディアたちがアフリカから運ばれて来た黒人奴隷たちを保護しているシーンなども細かく描かれています。博物館の係員がその都度、解説してくれるので、英語がわからない人も、何となくわかるようにしてくれています。

 

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これがポート・ロイヤルです。フォート・アンは眺めの良い丘の上に造られていますが、ロイヤルは港なので、平地にあります。

 

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敵の侵入に備えて、外側には銃眼もあります。

 

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ここがが入口です。中に入ると、見事に再現されています。

 

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ポート・ロイヤルの中。このように中庭になっていて、中心には井戸があります。

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↑建造当時のポート・ロイヤルの見取り図。冬は寒いので、煙突がたくさんありますね。 

 

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建物の中に入ると、これも当時のまま再現されています。

ここはボートを置いたり、作業場として使われていました。 

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右がオオカミで、左がビーバーの毛皮。 

 

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ここは建物だけでなく、スタッフたちも当時の服装で迎えてくれます。

実は、ぼくはフォート・アンのスタッフと話し込んでいて時間がなくなってしまい、ポート・ロイヤルに着いたのは閉館15分前。。。それでぼくが急いできたので、帰り支度をしていたスタッフも一緒に戻ってくれました。15分しか見れないからと、チケットを無料にしてくれました(無料にしてくれたのは先住民のお姉さん)。 ちゃんと開館時間に来ると、こうしてスタッフが丁寧に説明して、一緒に回ってくれます。彼はなかなか男前ですね。

 

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これが建物の2階。寝室になっていたそうです。

 

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 ポート・ロイヤルの入場窓口で、当時の服装で案内してくれたスタッフと記念撮影。左がぼくで、右がスタッフです(って、わかりますよね!?)。スタッフおじさんの履いてる靴は、本物の木靴なんですよ。

それにしても、スタッフのおじさんより、ぼくの方が背丈だけでなく、横も大きいという事態に。。。なんかこうして見ると、ぼくが悪者で、おじさんが善良なアカディア人みたいですね。お腹はけっこう競っていますが、ぼくの方がまだ大きいかも。自転車なのでちょっとは痩せるかなと思ったのですが、こっちの食べ物がおいしくて、逆に筋肉も脂肪もついて重くなった感じです。

史跡というと、カナダの歴史に興味ない方はつまらないと思いがちですが、こうして子供たちにもわかりやすいように工夫してくれているので、結構、意外に楽しめます。どちらかというと、「本格的な民俗村」みたいなものです。

次回はノバスコシアを出て、アカディアの本場、ニューブランズウィック州に入ります!

 

コメント

  • Kiyo

    よく調べたな。おもしろかったよ。

    • 上原善広

      やっぱりこういう歴史的な街道は、面白しいね。自転車で全て走破って場合はなかなか難しいけど、もっとこうした知られざるカナダを紹介していくよ。

  • Kosumi Tomoko

    叙事詩「エヴァンジェリン」、アルカディア・・・
    カナダの移民事情やイギリス・フランスの国益のための闘い・・・
    あらためて勉強になりました。
    その歴史を包括して現在のカナダがあるということもすごい国だなぁ~と思います。
    そして、やはり食べ物がおいしいのですね・・・自転車の旅ということなので、やはり日に焼けていらっしゃいますね。
    次回も楽しみにしています。お気をつけて・・・・

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